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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)226号 判決

神奈川県南足柄市中沼210番地

原告

富士写真フィルム株式会社

代表者代表取締役

宗雪雅幸

訴訟代理人弁護士

中村稔

富岡英次

弁理士 箱田篤

東京都新宿区西新宿1丁目26番2号

被告

コニカ株式会社

代表者代表取締役

植松富司

訴訟代理人弁護士

古城春実

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成7年審判第11331号について平成8年7月9日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「ハロゲン化銀カラー写真感光材料」とする特許第1819122号発明(昭和59年9月6日出願、平成2年12月14日出願公告、平成6年1月27日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成7年5月29日、本件特許を無効とすることについて審判を請求をした。

特許庁は、この請求を同年審判第11331号事件として審理した結果、平成8年7月9日本件特許を無効とする旨の審決をし、その謄本は、同年9月17日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

支持体上に少なくとも一層のハロゲン化銀乳剤層が設けられたハロゲン化銀カラー写真感光材料において、前記ハロゲン化銀乳剤層またはこの隣接層中に、下記一般式〔Ⅴ〕又は〔Ⅵ〕で表わされるピラゾロアゾール系マゼンタカプラーを含有することを特徴とするハロゲン化銀カラー写真感光材料。

〈省略〉

〔Ⅴ〕

〈省略〉

〔Ⅵ〕

〔但し、式〔Ⅴ〕中、Xはハロゲン原子であり、R11は置換又は無置換アルキル基であり、R12は置換基を有するアルキル基(但し、置換基として該アルキル基に直接結合したアリール基は除く)であり、式〔Ⅵ〕中、Xはハロゲン原子であり、R11は置換又は無置換アルキル基であり、R12は置換又は無置換アルキル基であり、式〔Ⅴ〕及び〔Ⅵ〕中、R11とR12の少なくとも1つは

〈省略〉

(R1は置換又は無置換アルキル基を表わし、R2及びR3は水素原子又は置換基を表わし、R2及びR3の少なくとも1つは置換基である)で表わされる分岐アルキル基であり、かつ一般式〔Ⅴ〕のマゼンタカプラーからポリマーカプラーは除く。〕

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであって、原告のした平成元年3月2日付け補正(以下「第5次補正」という。)、平成2年2月9日付け補正(以下「第6次補正」という。)及び平成2年5月16日付け補正(以下「第7次補正」という。)はいずれも当初明細書の要旨を変更するものであり、本件特許の出願日は平成2年5月16日であるとみなすべきところ、本件発明は、乙第2号証(特開昭61-120151号公報。昭和61年6月7日出願公開。審決時の甲第2号証。以下、本訴の書証番号で表示する。)に記載された発明であると認められるから、本件特許は、特許法29条1項3号に違反してなされたものであり、同法123条1項1号に違反すると判断した。

4  審決の認否

(行数は、1頁に20行の記載があるものとして、数行にわたる化学構造式もその数行と数え、空欄も1行と数えて表示する。)

(1)  手続の経緯・本件発明の要旨(審決の理由2頁3行ないし4頁5行)、請求人の主張(4頁7行ないし5頁20行)及び被請求人の主張(6頁2行ないし7頁8行)は認める。

(2)  乙第2号証(同7頁10行ないし13頁7行)、当初明細書(13頁9行ないし23頁11行)及び補正の概要(23頁13行ないし37頁13行)は認める。

(3)  当審の判断中、第5次補正に関する部分(同37頁15行ないし46頁11行)のうち、37頁15行から38頁1行「第9行])、」まで、38頁15行「当初明細書では」から39頁7行「第2行])、」まで、39頁13行「一般式〔Ⅰ〕、」から42頁8行「示唆されている」まで、42頁20行から43頁2行「できる」まで、43頁8行から45頁18行までは認め、その余は争う。

当審の判断中、第6次補正に関する部分(同46頁12行ないし47頁8行)のうち、46頁12行「平成2年」から13行「ものであるが」まで、46頁15行「ここでは、」から47頁1行までは認め、その余は争う。

当審の判断中、第7次補正に関する部分(同47頁9行ないし48頁6行)のうち、47頁9行から20行「比較例とされている。」までは認め、その余は争う。

当審の判断中、出願日の認定の部分(同48頁7行ないし13行)は争う。

当審の判断中、乙第2号証との対比の部分(同48頁14行ないし50頁5行)のうち、50頁4行「本件発明は、」から5行は争い、その余は認める。

(4)  むすび(同50頁7行ないし11行)は争う。

5  審決の取消事由

審決は、第5次補正、第6次補正及び第7次補正が明細書の要旨を変更するものであり、本件特許の出願日が繰り下がると誤って判断したため、本件発明は乙第2号証に記載された発明であると誤って判断したものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(第5次補正についての要旨変更の判断の誤り)

審決は、第5次補正は明細書の要旨を変更するものである(審決書46頁8行ないし11行)と判断するが、誤りである。

〈1〉 審決が認定するように、当初明細書には、一般式〔Ⅴ〕で示されるカプラー(以下「〔Ⅴ〕カプラー」といい、他のカプラーについても同様に略称する。)及び〔Ⅵ〕カプラーについて、次の事項が記載されている。

(a) 当初明細書には、ピラゾロアゾール系マゼンタカプラーの代表的な例として、〔Ⅴ〕カプラー及び〔Ⅵ〕カプラーの例が挙げられており、その式中のXとして複数の原子中にハロゲン原子も挙げられていること(審決書37頁15行ないし20行)

(b) ピラゾロアゾール系マゼンタカプラーは、詳しくは一般式〔Ⅱ〕で表され、そのうち好ましいものは〔Ⅴ〕カプラー及び〔Ⅵ〕カプラーその他のものであり、さらに、最も好ましいものは〔Ⅵ〕カプラーであると記載されていること(同38頁15行ないし20行)

(c) 当初明細書には、Xがハロゲン原子である〔Ⅵ〕カプラーの例として、(M-16)、(M-17)及び(M-26)が記載されており、しかも、(M-16)及び(M-17)に該当する実施例が記載されており、一般式〔Ⅰ〕で表されるカプラーのうち、一般式〔Ⅵ〕の骨格を持ち、Xがハロゲン原子であるカプラーが好ましいことは示されていること、したがって、一般式〔Ⅵ〕で表され、かつXがハロゲン原子であるカプラーを使用するハロゲン化銀カラー写真感光材料の発明が示唆されていること(同41頁1行ないし42頁8行)

〈2〉 本件発明の一般式〔Ⅰ〕に含まれるカプラー中、〔Ⅴ〕カプラーの一般式と〔Ⅵ〕カプラーの一般式とを対比すると、

〔Ⅴ〕

〈省略〉

〔Ⅵ〕

〈省略〉

以上のとおりである。この対比から明らかなように、その相違は、R12(ただし、置換基を有するアルキル基で、置換基として該アルキル基に直接結合したアリール基を除くもの)が3位にあるか、2位にあるかという点のみであり、両者は構造異性体の関係にあり、特に離脱基Xの近傍の化学構造が全く同一である。

〈3〉 本件発明は、ピラゾロアゾール系マゼンタカプラーを含むハロゲン化銀カラー写真感光材料の分野に属するものであるが、この分野においては、〔Ⅴ〕カプラーと〔Ⅵ〕カプラーのように、カプラー母核の基本的構造が類似している場合、離脱基Xの存する位置(すなわち、カップリング活性位の近傍)の構造が同一の2つのカプラーは、好ましい離脱基を共通にするという知見が、当業者に自明のこととして知られていたものである。この点は、次の意見書から明らかである。

甲第14号証(古舘信生作成の1997年4月18日付け意見書。以下「古舘第1次意見書」という。)

甲第15号証(廣澤敏夫作成の平成9年4月17日付け意見書。以下「廣澤意見書」という。)

甲第22号証(小林裕幸作成の1997年5月12日付け意見書。以下「小林第1次意見書」という。)

甲第43号証(小林裕幸作成の1997年10月20日付け意見書。以下「小林第2次意見書」という。)

甲第44号証(古舘信生作成の1997年10月29日付け意見書。以下「古舘第2次意見書」という。)

〈4〉 また、この分野において、極めて具体的な構造における近似性に基づき作用効果の予測がなされ、そのような予測可能性がこの分野における当業者の常識であったことは、特許庁の実務(甲第4ないし第13号証、甲第23ないし第42号証、甲第45ないし第50号証)からも明らかである。

〈5〉 以上の事情を総合すれば、本件発明の出願当時の当業者にとって、ハロゲン原子が〔Ⅵ〕カプラー骨格の離脱基として好ましいことが判明すれば、同じハロゲン原子が〔Ⅴ〕カプラーにおいても同様に好ましい写真効果をもたらすことは、自明のことであり、したがって、離脱基Xにハロゲン原子を選択した〔Ⅴ〕カプラーは、当初明細書に記載され、裏付けられているに等しいものというべきである。

〈6〉(a) 被告は、当初明細書に記載された実施例1ないし3によっては、Xにハロゲン原子を採用したものが光堅牢性等に優れたものであることを知ることはできない旨主張するが、実施例には特許出願人が最良の結果をもたらすと思うものを記載するものであるから(特許法施行規則24条様式第29備考15、ハ)、当業者もそのように理解するものであり、当初明細書の実施例には、〔Ⅵ〕カプラー骨格とXにハロゲン原子を採用した組合せが最も好ましいことが記載され、裏付けられているに等しいものである。

(b) 被告は、後記稲本意見書(乙第4号証)を援用するが、同意見書は、次の理由により、採用されるべきではない。すなわち、稲本教授は、一般的な有機化学の専門家ではあるとしても、写真感光材料を含む写真技術の専門家ではない。また、稲本意見書は、具体的な写真感光材料としての化合物について具体的構造に基づいた議論をしているものではなく、反応性を議論するに当たっても、具体的な写真用カプラーとしての反応性を基に議論されていない。さらに、稲本意見書は、求電子試薬が分子のどの位置と優先的に反応するかを予測することは定性的にも困難であると述べるが、当初明細書の記載自体から、現像主薬の酸化体との反応位置は明らかであって、本件ではこれを予測する必要がないものである。

また、後記石井第1次見解書(乙第5号証)については、古舘第2次意見書(甲第44号証)が反論しているとおりである。

(2)  取消事由2(第6次補正についての要旨変更の判断の誤り)

審決は、第6次補正は明細書の要旨を変更するものである(審決書47頁5行ないし8行)と判断するが、誤りである。

実施例8及び9の追加は、既に第5次補正によって適法に補正された本件発明の裏付けを補強するためのものであって、第5次補正が適法である以上、問題となる性質のものではない。

(3)  取消事由3(第7次補正についての要旨変更の判断の誤り)

審決は、第7次補正は明細書の要旨を変更するものである(審決書48頁3行ないし6行)と判断するが、誤りである。

実施例10及び11の追加は、既に第5次補正によって適法に補正された本件発明の裏付けを補強するためのものであって、第5次補正が適法である以上、問題となる性質のものではない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  認否

請求の原因1ないし3は認め、同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1(第5次補正)について

〈1〉 当初明細書に記載された発明は、写真感光材料用マゼンタカプラーの光堅牢性の向上と色再現性の改良を目的としており、マゼンタカプラーとして用いるピラゾロアゾール系化合物の骨格構造及びその7位に結合する離脱基の種類には限定がなく、少なくとも1つの置換アルキル基を有することだけが発明の特徴であった。すなわち、当初明細書には、特に離脱基Xにハロゲン原子を選択することが有利であるとの記載や示唆は一切なかった。

この上位概念的な当初明細書に記載された発明から演繹的に想起できる多数の化合物のうち、当初明細書に例示されている具体的化合物は(M-1)ないし(M-28)の計28例である。その中で効果が確認されているのは、実施例1ないし3に示された〔Ⅵ〕カプラーの(M-16)及び(M-17)の2種のみであり、〔Ⅴ〕カプラーの効果については、実施例は一例も示されていない。

そして、実施例1ないし3は、いずれも本件発明(当初明細書に記載された発明)と比較例の双方に離脱基として塩素原子を採用した比較実験の結果を示すにすぎないから、これらの記載だけでは、〔Ⅵ〕カプラーに限ってみても、7位にハロゲン原子を配したものが7位に他の離脱基を結合したものより光堅牢性及び色再現性に優れていることが自明のことであるとはいえない。

〈2〉 第5次補正は、例示化合物の削除、追加によって、〔Ⅴ〕カプラー及び〔Ⅵ〕カプラーの7位にハロゲン原子を結合させた構造のものが他の離脱基を結合した構造のものよりも優れているとの新たな事項を持ち込んだものであるといわざるを得ない。

すなわち、第5次補正は、新たに加えた例示化合物である〔Ⅴ〕カプラーの化合物(M-36)の光堅牢性の効果を説明する実施例7を追加しているが、化合物(M-36)は当初明細書に具体的に開示ないし示唆がない物質であって、その構造と光堅牢性との関係が当初明細書に開示されておらず、かつ、そのことが常識に照らして自明であるともいえないから、(M-36)の効果を具体的に開示する第5次補正は、明細書の要旨を変更するものというべきである。

〈3〉(a) 原告は、〔Ⅴ〕カプラーで7位にハロゲン原子を結合したものの作用効果は、当初明細書に接する当業者にとって自明のことである旨主張するが、有機化合物に関連する発明では、化合物の化学構造を想起してもその効果を予測できない場合が少なくない。したがって、単なる化学構造の記載ないし示唆があっても、化学構造と有用な効果との関係についての実証的又はこれに代わる十分説得的な説明記載がなければ、発明に包含される化合物全般について発明の開示ないし示唆があるとはいえないと解すべきである。

この見地に立って検討すると、当初明細書中には、〔Ⅵ〕カプラー以外のカプラーとしては各数例挙げられているだけで、Xをハロゲン原子とするものが含まれてはいるが、その性能が評価されているわけではなく、Xは多種多様の置換基から選択できることが述べられているだけであって、特にハロゲン原子を選択することの示唆はない。それゆえ、当初明細書には離脱基Xがハロゲン原子である〔Ⅴ〕カプラーを含有する感光材料が実証的ないし十分説得的に開示又は示唆されているとはいえない。

(b) 原告は、〔Ⅵ〕カプラーである(M-16)及び(M-17)を用いた例を示せば、〔Ⅴ〕カプラーの開示としても十分である旨主張するが、首肯し難い。

当初明細書には、〔Ⅵ〕カプラーが最も優れており、〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕及び〔Ⅶ〕カプラーがこれに次ぐとし、さらに、〔Ⅴ〕カプラーをそれらに次ぐとしている。

また、原告が昭和58年に出願した特公平2-44051号公報(乙第9号証)は、〔Ⅵ〕カプラーについての最初の発明の特許公報であるが、その中で、〔Ⅵ〕カプラーは発色性を含むあらゆる点で〔Ⅴ〕カプラーより優れていると説明されている。

さらに、古舘第1次意見書(甲第14号証)及び小林第1次意見書(甲第22号証)中に列挙された文献中には、〔Ⅵ〕カプラーと〔Ⅴ〕カプラーとの性能の相違を述べているものが少なくない。

したがって、〔Ⅴ〕カプラーと〔Ⅵ〕カプラーの構造が酷似しているからといって、一概に両者が同様の作用効果を有することは自明であるなどとはいえない。

(c) 原告は、古舘第1次意見書(甲第14号証)、廣澤意見書(甲第15号証)及び小林第1次意見書(甲第22号証)等を援用する。

しかしながら、乙第4号証(稲本直樹作成の平成9年8月7日付け意見書。以下「稲本意見書」という。)は、有機化合物分子内の部分的分子結合形式の単純な比較から分子全体の化学反応性を予測しようとしても、多くの因子が複雑に関連しているので、一般には判断できないと見るのが常識であるとし、また、構造異性体相互間で反応性が大きく相違する場合が多数存在することを具体例によって示し、〔Ⅳ〕カプラーの化合物の写真性能から〔Ⅴ〕カプラーの化合物の写真性能も同様であると予測することはできないと結論づけている。

また、乙第5号証(石井文雄作成の1997年7月11日付け見解書。以下「石井第1次見解書」という。)及び乙第10号証(石井文雄作成の1997年12月5日付け見解書。以下「石井第2次見解書」という。)は、イエローカプラー、マゼンタカプラー、シアンカプラーのそれぞれについて、基本骨格構造が同一又は類似していても、置換基がいずれかによって写真性能に大差が生ずる例を挙げて、一方の化合物についての結果から他方の化合物についての結果を単純に類推できないという認識を示し、本件発明の〔Ⅳ〕カプラーと〔Ⅴ〕カプラーとは、置換基どころか分子の骨格自体が異なるから、前者の写真性能から後者も同じであろうと一概に予測ないし期待することはできないと結論している。

したがって、上記小林第1次意見書等は、採用することができないものである。

(d) さらに、原告は、複数の類型を含む発明中の一類型についてのみ少数の実施例を開示した明細書による出願が出願公告されている旨主張するが、このことは、本件における要旨変更の不存在を論証するものではない。

すなわち、司法審査を経ないままに漫然と行われている特許庁での実務の例をいくら示したところで、法的問題の議論を正当化する論証にはならない。さらに、原告提出の甲第4ないし第13号証、甲第23ないし第42号証及び甲第45ないし第50号証を具体的に検討しても、それらは、当初明細書の発明思想を変えた例ではなく、本件とは事案を異にするものである。

(2)  取消事由2(第6次補正)について

第6次補正は、実施例8及び9を追加するものであり、実施例8は、一般式〔Ⅴ〕の6種のマゼンタカプラー(比較例)と上記カプラーの7位にハロゲン原子を結合してなるカプラー(本件発明の例)とを比較し、本件発明の例が階調と最大発色濃度において格段に優れていると説明し、また、実施例9は、一般式〔Ⅴ〕の2種のマゼンタカプラー(比較例)と上記カプラーの3位に分岐アルキル基を結合してなるカプラー(本件発明の例)とを比較し、本件発明の例の階調と最大発色濃度は、前者に比べて予想以上に高いと述べている。

しかしながら、上記本件発明の例と比較例との効果の差異は、当初明細書に記載されているに等しい事項であるとはいえないから、実施例8及び9を追加する補正は、それ自体が独立して明細書の要旨を変更するものである。

(3)  取消事由3(第7次補正)について

第7次補正は、実施例10及び11を追加するものであり、実施例10は、一般式〔Ⅴ〕の2種のマゼンタカプラー(比較例)と上記カプラーの7位にハロゲン原子を結合してなるカプラー(本件発明の例:M-13)とを比較し、本件発明の例が階調と最大発色濃度において顕著に優れていると説明し、また、実施例11は、3種のマゼンタカプラー(比較例)と上記(M-13)とを比較し、本件発明の例が光堅牢性において、いずれの比較例よりも優れていると説明している。

しかしながら、上記本件発明の例と比較例との効果の差異は、当初明細書に記載されているに等しい事項であるとはいえないから、実施例10及び11を追加する補正は、それ自体が独立して明細書の要旨を変更するものである。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)及び同3(審決の理由の記載)については、当事者間に争いがない。

そして、乙第2号証(審決の理由7頁10行ないし13頁7行)、当初明細書(同13頁9行ないし23頁11行)及び補正の概要(23頁13行ないし37頁13行)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  当初明細書の記載について

〈1〉  甲第3号証によれば、本件発明の当初明細書には、[特許請求範囲]、[従来の技術]、[発明が解決しようとする問題点]、及び[問題点を解決するための手段]として、次のように記載されていることが認められる(一部は当事者間に争いがない。)。

[特許請求の範囲]

「支持体上に少なくとも一層のハロゲン化銀乳剤層が設けられたハロゲン化銀カラー写真感光材料において、前記ハロゲン化銀乳剤層またはこの隣接層中に、下記一般式〔Ⅰ〕で表わされる、置換アルキル基を少なくとも一つ置換基として有するピラゾロアゾール系マゼンタカプラーを含有することを特徴とするハロゲン化銀カラー写真感光材料。

一般式〔Ⅰ〕

〈省略〉

(但し、〔A〕はピラゾロアゾール系マゼンタカプラー残基を表わす。R1はアルキル基を表わし、R2およびR3は水素原子または置換基を表わすが、R2とR3がともに水素原子であることはない。nは1、2または3を表わす。)」

[従来の技術]

「従来、マゼンタ色画像形成カプラーとして広く実用に供され、研究が進められたものはほとんど5-ピラゾロン類であった。5-ピラゾロン系カプラーから形成される色素は、熱、光に対する堅牢性が優れているが、430nm付近に不要吸収が存在するために黄色成分を有し、このことが色濁りの原因となっていることが知られていた。

この黄色成分を減少させるマゼンタ色画像形成カプラー骨格として古くから英国特許1、047、612号・・・等が提案された。

この中で、米国特許3、725、067号・・・に記載された・・・マゼンタ色素は酢酸エチル、ジプチルフタレート等の溶媒中で、可視領域に不要吸収がないすぐれた吸収特性を示す。

しかしながら、これらのカプラーのうち、1H-ピラゾロ〔5、1-c〕〔1、2、4〕トリアゾール型カプラーから形成されるアゾメチン色素の光に対する堅牢性は著しく低く、カラー写真感光材料特に、プリント系カラー写真感光材料の性能を著しく損なうものであった。また、その他のピラゾロアゾール系マゼンタカプラーから形成されるアゾメチン色素の光に対する堅牢性もカラー写真感光材料特に、プリント系カラー写真感光材料に使用するには不十分なものであった。」(1頁右下欄20行ないし2頁左下欄9行)

[発明が解決しようとする問題点]

「本発明の目的の第1は、光堅牢性にすぐれたアゾメチン色素を生成するピラゾロアゾール系マゼンタカプラーを用いることにより、色像光堅牢性が改良されたハロゲン化銀カラー写真感光材料を提供することである。

本発明の目的の第2は、色像光堅牢性が改良され、かつ色再現性が改良されたハロゲン化銀カラー写真感光材料を提供することである。」(2頁左下欄11行ないし18行)

[問題点を解決するための手段]

「以上の目的は、支持体上に少なくとも一層のハロゲン化銀乳剤層が設けられたハロゲン化銀カラー写真感光材料において、前記ハロゲン化銀乳剤層またはその隣接層中に、下記一般式〔Ⅰ〕で表わされる、置換アルキル基を少なくとも一つ置換基として有するピラゾロアゾール系マゼンタカプラーを含有することを特徴とするハロゲン化銀カラー写真感光材料によって達成された。

一般式〔Ⅰ〕

略(上記特許請求の範囲に記載された図と同じ。)

〔式中、〔A〕はピラゾロアゾール系マゼンタカプラー残基を表わす。・・・nは1、2または3を表わす。〕」(2頁左下欄20行ないし右下欄16行)

〈2〉  甲第3号証によれば、当初明細書には、本件発明(当初発明)において含有する「一般式、〔Ⅰ〕で表わされる、置換アルキル基を少なくとも一つ置換基として有するピラゾロアゾール系マゼンタカプラー」(特許請求の範囲)について、次のように記載されていることが認められる(一部は、当事者間に争いがない。)。

「詳しくは、本発明のピラゾロアゾール系マゼンタカプラーは一般式〔Ⅱ〕で表わされる。

一般式〔Ⅱ〕

〈省略〉

〔式中、Xは水素原子またはカップリング離脱基を表わす。・・・また、X、R4または炭素原子上の置換基で二量体以上の多量体を形成してもよい。〕」(2頁右下欄17行ないし3頁右上欄7行)

「一般式〔Ⅱ〕で表わされるピラゾロアゾール系マゼンタカプラーのうち、好ましいものは下記一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅴ〕、〔Ⅵ〕または〔Ⅶ〕で表わされる。

〔Ⅲ〕

〔Ⅳ〕

〈省略〉

〔Ⅴ〕

〈省略〉

〔Ⅵ〕

〔Ⅶ〕

(注・〔Ⅴ〕及び〔Ⅵ〕は、本件発明の要旨の項に記載の構造式と同旨である。)」(3頁右上欄18行ないし左下欄末行)

「一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅴ〕、〔Ⅵ〕および〔Ⅶ〕において、Xは水素原子、ハロゲン原子(例えば、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、等)、カルボキシ基、または酸素元素で連結する基(例えば、アセトキシ基・・・等)、窒素原子で連結する基(例えば、ベンゼンスルアミド基・・・等)、アリールアゾ基(例えば、4-メトキシフエニルアゾ基・・・等)、イオウ原子で連結する基(例えば、フェニルチオ基・・・等)、を表わす。」(5頁右下欄10行ないし6頁左下欄2行)

「一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅴ〕、〔Ⅵ〕および〔Ⅶ〕で表わされるカプラーのうち、特に好ましいものは一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅵ〕および〔Ⅶ〕で表わされるものであり、最も好ましいものは、特に発色々素の色相および保存性の点で一般式〔Ⅵ〕で表わされるものである。」(8頁左上欄15行ないし20行)

そして、甲第14号証(古舘第1次意見書)によれば、〔Ⅴ〕カプラーと〔Ⅵ〕カプラーとは、構造異性体の関係にあり、離脱基Xが結合しているカップリング活性位近傍の構造は同じであり、両者の相違部分は、離脱基Xから最も遠くに位置することが認められる。

〈3〉  当初明細書における例示化合物及び実施例の記載について、次の事実は、当事者間に争いがない(審決書39頁13行ないし42頁1行)。

当初明細書には、〔Ⅲ〕カプラー、〔Ⅳ〕カプラー、〔Ⅴ〕カプラー、〔Ⅵ〕カプラー及び〔Ⅶ〕カプラーのうち、代表的なカプラーが、(M-1)ないし(M-28)として構造式をもって記載されている(甲第3号証8頁下欄ないし12頁)が、この構造式を、上記各カプラーと対応づけると、

(a) 〔Ⅲ〕カプラー:(M-1)、(M-2)、(M-3)、(M-4)、(M-5)、(M-28)

(b) 〔Ⅳ〕カプラー:(M-6)、(M-7)、(M-8)、(M-9)、(M-10)

(c) 〔Ⅴ〕カプラー:(M-11)、(M-12)、(M-13)(M-14)、(M-15)

(d) 〔Ⅵ〕カプラー:(M-16)、(M-17)、(M-18)、(M-19)、(M-20)、(M-26)、(M-27)

(e) 〔Ⅶ〕カプラー:(M-23)、(M-24)、(M-25)

(f) 上記いずれにも属さないカプラー:(M-21)、(M-22)

このうち、〔Ⅴ〕カプラー及び〔Ⅵ〕カプラーにおいて、Xがハロゲン原子であるものは、次のとおりである。

(a) 〔Ⅴ〕カプラー:(M-13)〔X=塩素原子〕

(b) 〔Ⅵ〕カプラー:(M-16)、(M-17)、(M-26)〔3例とも、X=塩素原子〕

そして、当初明細書には、(M-16)カプラーと、(M-17)カプラーを用いた実施例は記載されているが、〔Ⅴ〕カプラーに属する(M-13)カプラーを用いた実施例は記載されていない。

〈4〉  甲第3号証によれば、当初明細書には、上記実施例の概要として次の記載があることが認められる。

(a) 実施例1

(M-16)カプラーを用いた試料A、(M-17)カプラーを用いた試料B、及び比較カプラー(一般式〔Ⅵ〕に属し、置換基Xが塩素原子であるが、

〈省略〉

で表されるアルキル基をもたないもの)を用いた試料Cに対し、所要の露光・発色現像処理を行い、得られたマゼンタ色画像につき、写真特性値(感度、階調、最高濃度)を測定したところ、(M-16)カプラーと(M-17)カプラーは、比較カプラーに比し、感度は同程度であるが、階調、最高濃度が優れている(21頁左上欄6行ないし22頁左上欄3行)。

(b) 実施例2

実施例1と同様の試料AないしCに対し、実施例1と同様の露光、発色現像処理を行い、得られたマゼンタ色画像につき、堅牢性テストを実施したところ、(M-16)カプラーと(M-17)カプラーは、比較例カプラーに比し、高温下及び高温高湿下での堅牢性に優れ、光に対する堅牢性において顕著に優れている(22頁左上欄4行ないし左下欄7行)。

(c) 実施例3

表Ⅲ(甲第3号証23頁上欄)に従い、(M-16)カプラーを用いて作成したカラー写真感光材料E、同じく(M-17)カプラーを用いて作成したカラー写真感光材料F、及び実施例1における比較例と同じカプラーを用いて作成したカラー写真感光材料Gに対し、実施例1と同様の露光、発色現像処理を行い、得られたマゼンタ色画像につき、堅牢性テストを実施したところ、(M-16)カプラーと(M-17)カプラーを用いて作成したカラー写真感光材料(E、F)において得られる発色色素像は、比較試料Gに比し、光に対する堅牢性に優れ、また、カラー写真感光材料(E、F)の残存カプラーは、発色色素に対し悪作用を与えないことも分かった(22頁左下欄8行ないし24頁左上欄5行)。

(2)  取消事由1(第5次補正についての要旨変更の判断の誤り)について

〈1〉  第5次補正は、当初明細書に記載された発明における一般式〔Ⅰ〕で表される置換アルキル基を少なくとも1つ置換基として有するピラゾロアゾール系マゼンタカプラーを、〔Ⅴ〕カプラーと〔Ⅵ〕カプラーの2つのカプラーに減縮するとともに、これらカプラーにおける離脱基Xをハロゲン原子に減縮したものであることは、当事者間に争いがない(審決書24頁7行ないし26頁7行)。

〈2〉  前記(1)に説示の当初明細書の記載によれば、当初明細書には、次の事項が記載されているものである。

(a) 当初明細書には、ピラゾロアゾール系マゼンタカプラーの代表的な例として、〔Ⅴ〕カプラー及び〔Ⅵ〕カプラーを含む〔Ⅲ〕ないし〔Ⅶ〕カプラーが記載され、その式中の離脱基Xとして多数挙げられている原子中に、ハロゲン原子もその1つとして挙げられていること

(b) ピラゾロアゾール系マゼンタカプラーのうち好ましいものは〔Ⅲ〕ないし〔Ⅶ〕カプラーであり、特に好ましいものは〔Ⅲ〕カプラー、〔Ⅳ〕カプラー、〔Ⅵ〕カプラー及び〔Ⅶ〕カプラーであり、最も好ましいものは〔Ⅵ〕カプラーであること

(c) 〔Ⅴ〕カプラーと〔Ⅵ〕カプラーは、構造異性体の関係にあり、離脱基Xが結合しているカップリング活性位近傍の構造は同じであり、両者の相違部分は離脱基Xから最も遠くに位置すること

(d) 当初明細書には、〔Ⅵ〕カプラーの例として、Xが塩素原子である(M-16)、(M-17)及び(M-26)が記載され、(M-16)及び(M-17)に該当する実施例が記載されているが、〔Ⅴ〕カプラーについての実施例は記載されていないこと

上記実施例における比較例は、離脱基Xが塩素原子(ハロゲン原子の1つ)であり、置換アルキル基を少なくとも1つ置換基として有するものでないため、Xがハロゲン原子か否かではなく、置換アルキル基を少なくとも1つ置換基として有するか否かの違いが写真特性にどのような違いをもたらすかの比較となっていること

〈3〉  以上の当事者間に争いのない事実及び認定事実によれば、第5次補正は、当初明細書に広い範囲で記載されていた発明におけるピラゾロアゾール系マゼンタカプラーを、〔Ⅴ〕カプラーと〔Ⅵ〕カプラーの2つに減縮するとともに、これらカプラーにおける離脱基Xをハロゲン原子に限定し、さらに、当初明細書にはXがハロゲン原子である〔Ⅴ〕カプラーを用いた実施例が記載されていなかったが、第5次補正において、新たにXがハロゲン原子である〔Ⅴ〕カプラーに属する(M-36)カプラーを用いた実施例7を追加したものであることが明らかである。

したがって、このような第5次補正は、審決が判断するように、当初明細書に記載されていた発明の中から、「〔Ⅴ〕カプラー」と「Xがハロゲン原子」という特定の構成要件を選択し組み合わせて新たな発明を構成したものを含み、かつ、当初明細書に具体的に記載されていなかったXがハロゲン原子である〔Ⅴ〕カプラーを用いた実施例を追加したものであるから、これらの事項が当初明細書の記載からみて自明な事項であり、当初明細書自体に開示されているに等しいといえる場合には、第5次補正は当初明細書の要旨を変更するものではないが、これが否定されるとすれば要旨を変更するものといわざるを得ない。

そして、本件発明の当初明細書には、前示のとおり、Xがハロゲン原子である〔Ⅵ〕カプラーを用いた実施例が記載されているところから、原告主張のように、Xがハロゲン原子である〔Ⅴ〕カプラーについても、〔Ⅵ〕カプラーと同等の写真効果を奏することが技術常識上自明であり、当初明細書に記載され開示されているに等しいということができるのであれば、第5次補正は当初明細書の要旨を変更するものではないことになる。

そこで、以下この点について検討することとする。

(a) 原告は、〔Ⅴ〕カプラーの一般式と〔Ⅵ〕カプラーの一般式とを対比すると、その相違は、R12(ただし、置換基を有するアルキル基で、置換基として該アルキル基に直接結合したアリール基を除くもの)が3位にあるか、2位にあるかという点において異なるのみであり、両者は構造異性体の関係にあり、特に離脱基Xの近傍の化学構造が全く同一であるところ、ピラゾロアゾール系マゼンタカプラーを含むハロゲン化銀カラー写真感光材料の分野においては、〔Ⅴ〕カプラーと〔Ⅵ〕カプラーのように、カプラー骨格が類似している場合、離脱基Xの存するカップリング活性位の近傍の構造が同一の2つのカプラーは好ましい離脱基を共通にするという知見が当業者に自明のこととして知られているから、ハロゲン原子が〔Ⅵ〕カプラーの離脱基として好ましいことが判明すれば、同じハロゲン原子が〔Ⅴ〕カプラーにおいても同様に好ましい写真効果をもたらすことは、本件発明の出願当時の当業者にとって自明のことである旨主張する。

そして、甲第22号証及び甲第43号証によれば、小林第1次意見書及び小林第2次意見書には、〔Ⅴ〕カプラーと〔Ⅵ〕カプラーとは、共に7位の炭素原子上に離脱基を有し、ここで現像主薬の酸化体とカップリング反応を起こし、色素を形成するという構造上の特徴を有するものであるが、シアンカプラーにおけるフェノールシアンカプラーとナフトールシアンカプラーとの関係やマゼンタカプラーにおける3-アニリノピラゾロンと3-アシルアミノピラゾロンとの関係と同様に、カプラーとしての反応に重要な位置であるカップリング活性位近傍の構造が類似しているため、〔Ⅵ〕カプラーの離脱基としてハロゲン原子が好ましいのであれば、〔Ⅴ〕カプラーの離脱基としてもハロゲン原子が好ましく、そのような化合物をハロゲン化銀写真感光材料に用いることにより、それ相当の効果が得られると当然予測できる旨の記載があり、古舘第1次意見書(甲第14号証)、古舘第2次意見書(甲第44号証)及び廣澤意見書(甲第15号証)にも同旨の記載がある。

(b) これに対し、乙第4号証によれば、稲本意見書には、有機化合物分子内の部分的原子結合形式は分子全体の化学反応性を予測する判断根拠となり得るかとの論点1に対する意見として、「有機化合物の多様な反応性を理解するためにこれまで多くの経験則や理論が提出されているが、一般的には、既知化合物について求められた反応性をもとにして別種化合物の反応性を定量性をもって予測するためには、反応条件を厳密に同一に設定する必要があり、必ずしも容易であるとは言えない。」(1頁下から4行ないし末行)、「一方、有機分子に置換した各種官能基は分子全体の電子的性質に大きく影響を与えることが知られている。この時の分子が受ける電子的変化は有機電子論を用いて大まかに予測できる場合もあるが、この予測は定性的であり、定量的な反応性を予測することはできないのが実情である。」(2頁10行ないし13行)、「また、有機分子の反応性は電子的性質以外の要因に作用されることも知られており、分子の3次元的構造に由来する立体効果、特に立体障害と呼ばれる影響は反応性を考える上で考慮すべき大きな因子である。これ以外にも、反応溶媒から受ける溶媒和の差、反応溶媒への溶解度等、多くの因子が影響し、互いに複雑に関連からみ合っている。この結果、分子の反応性は、分子内に存在する官能基ならびに部分的原子結合形式だけを単純に比較することによっては、一般に判断できないと見るのが常識となっている。」(2頁14行ないし20行)と記載されていることが認められる。

また、異性体の関係にある分子種は類似の反応性を示すことが期待できるかとの論点2に対する意見として、「一般式(Ⅴ)と一般式(Ⅵ)の分子構造的特徴について触れる。これらはいずれも分子内に共役した10個のπ電子が存在し、芳香族複素環式化合物に属している。

・・・一般式(Ⅴ)と一般式(Ⅵ)で表わされるこれら2種の分子は芳香族に帰属しているという点で共通性を有していると言える。

芳香族分子の特徴は、・・・熱的に安定であること、および付加反応よりも求電子置換反応を受けやすいことを挙げることができる。しかしながら、この分類は化合物の大まかな性質を理解するには便利であっても、反応性の大きさを定量的に予測するには十分とは言えない。

化合物(Ⅴ)と化合物(Ⅵ)は、炭素原子と窒素原子の配列が異なった構造異性体であり、分子全体の電子分布は大きく変化することが推察される。

分子内の電子分布の相違を示す一つの指標としてpKaがよく利用されるが、下記の2、3の例が示すように、実際に多くの芳香族複素環式化合物の構造異性体ではpKaに大きな差があることが知られており、また一般式(Ⅴ)および一般式(Ⅵ)に属する化合物(Ⅴ-1)と化合物(Ⅵ-1)においても大きな差が報告されている。

構造異性体でpKaが大きく異なる例:(略)

このようなpKaの大きな差異が認められる場合に、一方に関する実験的知見をもとに求電子試薬が分子のどの位置と優先的に反応するかを予測することは定性的にも困難である。」(2頁下から2行ないし3頁下から3行)と記載され、さらに、「また写真用カプラーにおいても複数存在する異性体化合物のうち、あるものは良好な発色特性を有し多くの特許出願がなされているが、他の異性体は写真性能的に有用性が低いと判断され、あまり注目されていないケースが知られている。具体的な例のいくつかを以下に挙げた。これらはいずれも窒素原子と炭素原子の位置が入れ違っているだけであるが、一方はカプラーとして知られているが、他方はそうではない。」(5頁10行ないし15行)と記載され、その具体的な例として、次の例が記載されている(そのうち、少なくともex.5は、カップリング活性位近傍の構造が類似しており、相違する部分が活性位から遠いといえる例である。)。

ex.5

〈省略〉

ex.6

〈省略〉

そして、結論として、「これまで述べたことから明らかなように一般式(Ⅴ)および一般式(Ⅵ)で表わされる2種のピラゾロトリアゾール化合物のうち、一般式(Ⅵ)に属する特定の化合物の写真性能が良好であることが知られていても、一般式(Ⅴ)に属する対応化合物の写真性能が同様に良好であるとは言えない。」(5頁下から4行ないし末行)と記載されていることが認められる。

さらに、乙第5号証(石井第1次見解書)によれば、「ベンゾイルアセトアニリド型とピバロイルアセトアニリド型の両タイプのカプラーの性質が顕著に異なる例として活性点炭素原子にフェノキシ基が置換した2当量カプラーの性質を紹介する。この置換基を有するピバロイルアセトアニリド型カプラー・・・は、高い反応活性を有しており、数種類のカプラーが長年にわたり実用化された。一方、ベンゾイルアセトアニリド型では、同一の脱離基を有するカプラーは過去に実用化された例はない。この理由としては、カプラーが熱的に不安定で合成および写真感光材料への適用が困難であることが挙げられる。この例でわかる様に、カプラーの基本骨格は類似した構造であっても、置換基の性質によって写真性能が大きく影響される」(3頁1行ないし8行)ことが認められる(甲第44号証(古舘第2次意見書)も、上記認定を左右するものではない。)。

(c) 上記認定のように、小林第1次意見書、小林第2次意見書、古舘第1次意見書、古舘第2次意見書及び廣澤意見書は、「構造の類似性」に基づいて反応性との関係を規定しようとするものであるが、構造と反応性との関係の可能性の高さを裏付ける技術的根拠は示されていない。また、上記稲本意見書にあるように、カプラーの反応性も、結局は有機化合物の化学構造に由来する反応性であるから、当該反応性の議論において、反応性を電子論的に説明する有機電子論に基づく議論を排除し、写真技術に係る特定の技術的知識のみに基づいて議論すべきとする合理的理由は見いだせない。さらに、上記稲本意見書及び石井第1次見解書にあるように、実際に構造は類似し、同じ離脱基を有していても、同じ反応性を示さない写真用カプラーの例もみられるのである。

そうすると、上記小林第1次意見書等に記載された見解は、構造異性体の関係にあり、離脱基Xが結合しているカップリング活性位近傍の構造は同じであり、両者の相違部分は離脱基Xから最も遠くに位置する場合において、2つのカプラーが好ましい離脱基を共通にし、かつ、同様の反応性を示すことが多いとの限度、すなわち定性的な判断の限度では正しいものであるとしても、構造異性体の関係にあり、カップリング活性位近傍の構造は同じである等の点が、写真用カプラーにおける化学構造と反応性の関連性を一義的に規定するとまで主張するのであれば正しいものと認めることはできない。

したがって、本件において、仮に当初明細書に離脱基Xがハロゲン原子である〔Ⅵ〕カプラーがハロゲン化銀カラー写真感光材料として示唆されているとしても、Xがハロゲン原子である〔Ⅴ〕カプラーが、Xがハロゲン原子である〔Ⅵ〕カプラーと同等の写真効果を奏することが当初明細書に記載されているに等しいと認めることはできないといわなければならない。

〈4〉  さらに、原告は、この分野において、極めて具体的な構造における近似性に基づき作用効果の予測がなされ、そのような予測可能性がこの分野における当業者の常識であったことは、特許庁の実務(甲第4ないし第13号証、甲第23ないし第42号証、甲第45ないし第50号証)からも明らかである旨主張する。

しかしながら、当初明細書に、近似する2つの一般式で表される構造の化合物に係る発明における一方の構造の化合物について実施例が記載されていれば、他方の構造の化合物についての実施例が記載されていなくても、当該2つの化合物に係る発明が共に当初明細書に開示されているに等しいと認められるか否かは、当該2つの化合物に係る出願時の技術常識、技術水準を勘案して、他方の化合物の効果を予測できるか否かによって判断されるものであり、当該技術常識・技術水準が、化合物ごとに、かつ、出願時ごとに異なるものであるから、ある出願において一方の構造の化合物についてのみ実施例が記載されていれば、2つの化合物に係る発明が共に当初明細書に開示されているに等しいと認められるか否かは、特段の事情のない限り、他の出願における判断に影響しないというべきところ、甲第4ないし第13号証、甲第23ないし第42号証及び甲第45ないし第50号証の出願例を検討しても、この特段の事情は認められないから、上記甲号証の出願例の存在は、本件においてその構造の近似性から作用効果の予測性があったことを推認させるものではないといわなければならない。

よって、原告のこの点の主張は理由がない。

〈5〉  したがって、第5次補正は、明細書の要旨を変更するものである。

(3)  取消事由2(第6次補正についての要旨変更の判断の誤り)について

〈1〉  第6次補正は、当初明細書に、実施例8及び実施例9を追加するものであり、Xがハロゲン原子の〔Ⅴ〕カプラーであるカプラーA、カプラーB、カプラーC、及びカプラーDを、実施例8では、比較カプラー(C-4)、(C-6)、(C-11)、(C-12)、(C-17)又は(C-25)(いずれも一般式〔Ⅴ〕の骨格をもち、分岐アルキル基をもっているが、Xがハロゲン原子でないもの)と比較し、実施例9では、比較カプラー(C-2)、(C-16)(一般式〔Ⅴ〕の骨格をもち、Xがハロゲン原子であるが、分岐アルキル基をもたないもの)と比較して階調と最大発色濃度が評価されたものであること(審決書31頁16行ないし36頁2行)は、当事者間に争いがなく、甲第2号証によれば、この実施例の追加は、Xがハロゲン原子の〔Ⅴ〕カプラーであるカプラーA、カプラーB、カプラーC、及びカプラーDが、上記実施例8の比較カプラー及び実施例9の比較カプラーとの対比で、階調及び最大発色濃度の点で優れていることを実証したものであることが認められる(64欄12行ないし69欄18行)。

〈2〉  しかしながら、前記(2)に説示のとおり、Xがハロゲン原子である〔Ⅴ〕カプラーが、Xがハロゲン原子である〔Ⅵ〕カプラーと同等の写真効果を奏することが当初明細書に記載されているに等しいと認めることはできず、したがって、上記本件発明の例と比較例との効果の差異は、当初明細書に記載されているに等しい事項であるとはいえないから、第6次補正は、第5次補正と同様に、明細書の要旨を変更するものである。

(4)  取消事由3(第7次補正についての要旨変更の判断の誤り)について

〈1〉  第7次補正は、当初明細書に、実施例10及び実施例11を追加する補正であり、実施例10及び実施例11は、Xが塩素原子で〔Ⅴ〕カプラーである(M-13)カプラーを用いたハロゲン化銀化写真感光材料を、比較カプラー(E)(一般式〔Ⅴ〕の骨格をもち、分岐アルキル基をもつが、Xがハロゲン原子でないもの)、(F)(一般式〔Ⅴ〕の骨格をもつが、分岐アルキル基をもたず、Xもハロゲン原子でないもの)又は(G)(一般式〔Ⅴ〕の骨格をもち、Xがハロゲン原子であるが、分岐アルキル基をもたないもの)を用いたハロゲン化銀写真感光材料とともに、階調と最大発色濃度あるいは光堅牢性を評価したものであること(審決書36頁3行ないし37頁13行)は、当事者間に争いがなく、甲第2号証によれば、この実施例の追加は、(M-13)を用いたものが、上記比較カプラー(E)、(F)、(G)を用いたものとの対比で、階調、最大発色濃度及びマゼンタ色像残存濃度の点で優れていることを実証したものであることが認められる(69欄19行ないし74欄4行)。

〈2〉  しかしながら、前記(2)に説示のとおり、Xがハロゲン原子である〔Ⅴ〕カプラーが、Xがハロゲン原子である〔Ⅵ〕カプラーと同等の写真効果を奏することが当初明細書に記載されているに等しいと認めることはできず、したがって、上記本件発明の例と比較例との効果の差異は、当初明細書に記載されているに等しい事項であるとはいえないから、第7次補正は、第5次補正と同様に、明細書の要旨を変更するものである。

(5)  まとめ

そうすると、第5次補正、第6次補正及び第7次補正はいずれも当初明細書の要旨を変更するものと認められ、したがって、本件特許の出願日は第7次補正のされた平成2年5月16日とみなすべきである。

そして、乙第2号証(審決時の甲第2号証)の記載事項(審決書48頁14行ないし50頁4行)は当事者間に争いがなく、この乙第2号証の記載事項によれば、本件発明は、乙第2号証に記載された発明であると認めるべきである。

したがって、本件特許は特許法29条1項3号の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号に該当する旨の審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する(平成10年10月8日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

平成7年審判第11331号

審決

東京都新宿区西新宿1丁目26番2号

請求人 コニカ株式会社

東京都港区赤坂3丁目2番6号 赤坂中央ビル9階

代理人弁護士 羽柴隆

東京都港区赤坂3丁目2番6号 赤坂中央ビル9階

代理人弁護士 古城春実

東京都台東区台東1丁目27番11号 佐藤第2ビル501

代理人弁理士 中島幹雄

神奈川県南足柄市中沼210番地

被請求人 富士写真フイルム 株式会社

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 中村稔

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 大塚文昭

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 宍戸嘉一

東京都千代田区丸の内3-3-1 新東京ビル6階 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 竹内英人

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 今城俊夫

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 小川信夫

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 村社厚夫

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 箱田篤

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号

代理人弁護士 富岡英次

上記当事者間の特許第1819122号発明「ハロゲン化銀カラー写真感光材料」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

特許第1819122号発明の特許を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

(手続の経緯・本件発明の要旨)

本件特許第 1819122号発明(以下、「本件発明」という。)は、昭和59年9月6日に特許出願され、平成2年12月14に出願公告(特公平2-60167号)がされた後、その登録は平成6年1月27日に設定の登録がなされたもので、その発明の要旨は、明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されるとおりの

「支持体上に少なくとも一層のハロゲン化銀乳剤層が設けられたハロゲン化銀カラー写真感光材料において、前記ハロゲン化銀乳剤層またはこの隣接層中に、下記一般式〔Ⅴ〕又は〔Ⅵ〕で表わされるピラゾロアゾール系マゼンタカプラーを含有することを特徴とするハロゲン化銀カラー写真感光材料。

〈省略〉

〔Ⅴ〕

〈省略〉

〔Ⅵ〕

〔但し、式〔Ⅴ〕中、Xはハロゲン原子であり、R11は置換又は無置換アルキル基であり、R12は置換基を有するアルキル基(但し、置換基として該アルキル基に直接結合したアリール基は除く)であり、式〔Ⅵ〕中、Xはハロゲン原子であり、R11は置換又は無置換アルキル基であり、R12は置換又は無置換アルキル基であり、式〔Ⅴ〕及び〔Ⅵ〕中、R11とR12の少なくとも1つは

〈省略〉

(R1は置換又は無置換アルキル基を表わし、R2及びR3は水素原子又は置換基を表わし、R2及びR3の少なくとも1つは置換基である)で表わされる分岐アルキル基であり、かつ一般式〔Ⅴ〕のマゼンタカプラーからポリマーカプラーは除く。〕」

にあるものと認める。

(請求人の主張)

これに対して、請求人は、本件発明の特許を無効とする、との審決を求め、その理由として、

(1)本件特許出願の平成元年3月2日付け手続補正及びこれに基づくその後の手続補正は、出願当初の明細書の要旨を変更するものであるから、その出願日は、上記補正のされた日とみなされるところ、本件発明は、上記補正日前に公知の甲第2号証に記載された発明と同一であり、特許法第29条第1項第3号の規定に違反している、

(2)本件発明は、甲第3号証、甲第4号証又は甲第5号証に示された発明の自明の実施形態の範囲内にあるか又は上記各甲号証の開示から周知の知見にてらして容易に発明することができたものであり、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定に違反している、

(3)本件特許明細書には当業者が容易に発明を実施してその効果を得られるまでの開示がなく、また、本件特許請求の範囲の記載は、発明の必須の構成を欠いているものというべきであり、特許法第36条第4項又は第5項(第3項及び第4項の誤りと認める。)の要件を満たしていない、と主張し、証拠方法として下記甲第1号証ないし甲第6号証および参考資料を提出している。

甲第1号証:特開昭61-65245号公報

(本件特許公開公報)

甲第2号証:特開昭61-120151号公報

甲第3号証:西独国特許出願公告第1810464号明細書(1970)

甲第4号証:特公昭47-27411号公報

甲第5号証:特開昭59-125732号公報

甲第6号証:実験報告書(作成者:平林茂人)

参考資料:特公平2-60167号公報

(本件特許公告公報)

(被請求人の主張)

一方、被請求人は、

(1)上記手続補正は、特許法の規定に基づく適法なものであって明細書の要旨を変更するものではなく、本件出願日は、上記補正のされた日に繰り下がるものではないので、甲第2号証は、本件発明に対する公知文献にはなりえない、

(2)本件発明は、甲第3号証、甲第4号証又は甲第5号証に示された発明の自明の実施形態の範囲内のものではなく、かつこれらの各甲号証の開示から容易に発明することができた程度のものでもない、

(3)本件特許明細書は当業者が容易に発明を実施できる程度に記載されており、発明の構成と効果とが明確に記載され、かつ特許請求の範囲の記載は発明の必須の構成を欠いていない、と主張し、証拠方法として下記乙第1号証ないし乙第3号証を提出している。

乙第1号証:特公昭53-34044号公報

乙第2号証:J.T. Howard, C.E.K. Mees

"The Theory of the photographic Process" 4th ed. (1977)

Macmillan Publishing Co., Inc.(米)p. 355

乙第3号証:特願昭59-243011号の平成4年10月19日付けの手続補正書

(甲第2号証の発明の出願書類の一部)

(甲第2号証)

そして、甲第2号証には、

「支持体上に少くとも一層のハロゲン化銀乳剤層を有するハロゲン化銀カラー写真感光材料において、前記ハロゲン化銀乳剤層中に下記一般式で示されるマゼンタカプラーの少くとも一つが含有されていることを特徴とするハロゲン化銀カラー写真感光材料。

〈省略〉

〔式中、R1は3級アルキル基、R2は1級アルキル基を表わし、Xはハロゲンを表わす。〕」

(特許請求の範囲)、

「本発明は高発色性で、保存性特に耐光性の改良されたマゼンタ色素画像を形成するところのマゼンタカプラーを含有するハロゲン化銀カラー写真感光材料に関する。更に詳しくは新規な1H-ピラゾロ〔3、 2-c〕-s-トリアゾール系マゼンタカプラーを含有するハロゲン化銀カラー写真感光材料に関する。」(第1頁下左欄下から第3行~下右欄第4行)、

「R2で示される1級アルキルはアリール、ヘテロ環、ハロゲン、シアノ更にアルコキシカルボニル、アシル、カルバモイル等で示されるカルボニルで結合する置換基、更にはニトロ、アルコキシ、アルキルチオ、アリールチオ、アルキルスルホニル、アリールスルホニル、アルキルスルフィニル、アリールスルフィニル、ジアルキルアミノ等のヘテロ原子で結合する置換基で置換されてもよい。」(第2頁下右欄第18行~第3頁上左欄第5行)、

「本発明に基づく具体例を以下に示す……。

(1)

〈省略〉

(2)

〈省略〉

(3)

〈省略〉

(7)

〈省略〉

(8)

〈省略〉

(9)

〈省略〉

(10)

〈省略〉

(11)

〈省略〉

(12)

〈省略〉

(13)

〈省略〉

……

(17)

〈省略〉

……

(20)……」(第3頁上左欄第17行~第4頁上左欄末行)

が記載され、実施例として、前記カプラー(1)、(2)、(7)、(12)、(13)または(20)を用いたハロゲン化銀写真感光材料(実施例-1および実施例-2)、および前記カプラー(8)または(10)を用いたハロゲン化銀カラー写真感光材料(実施例-3)が記載され、次の比較カプラー-1(R1が3級アルキル基でないもの)および比較カプラー-2(Xがハロゲンでないもの)

比較カプラー-1

〈省略〉

比較カプラー-2

〈省略〉

を用いたハロゲン化銀写真感光材料とともに、比感度、最大濃度、耐光性等が評価されている(第8頁上右欄第6行~第11頁末行)。

以上の記載からみて、甲第2号証には、「支持体上に少くとも一層のハロゲン化銀乳剤層を有するハロゲン化銀カラー写真感光材料において、前記ハロゲン化銀乳剤層中に下記一般式で示されるマゼンタカプラーの少くとも一つが含有されていることを特徴とするハロゲン化銀カラー写真感光材料。

〈省略〉

〔式中、R1は3級アルキル基、R2はアルキルチオ、アルキルスルホニル等の置換基で置換されてもよい1級アルキル基を表わし、Xはハロゲンを表わす。〕」が記載されているものと認める。

(当初明細書)

本件の願書に最初に添附した明細書(以下、「当初明細書」という。)には、

「支持体上に少なくとも一層のハロゲン化銀乳剤層が設けられたハロゲン化銀カラー写真感光材料において、前記ハロゲン化銀乳剤層またはこの隣接層中に、下記一般式〔Ⅰ〕で表わされる、置換アルキル基を少なくとも一つ置換基として有するピラゾロアゾール系マゼンタカプラーを含有することを特徴とするハロゲン化銀カラー写真感光材料。

一般式〔Ⅰ〕

〈省略〉

(但し、〔A〕はピラゾロアゾール系マゼンタカプラー残基を表わす。R1はアルキル基を表わし、R2およびR3は水素原子または置換基を表わすが、R2とR3がともに水素原子であることはない。nは1、2または3を表わす。)」(特許請求の範囲)、

「……目的は、……下記一般式〔Ⅰ〕……達成された。

……

詳しくは、本発明のピラゾロアゾール系マゼンタカプラーは一般式〔Ⅱ〕で表わされる。

一般式〔Ⅱ〕

〈省略〉

〔式中、Xは水素原子またはカップリング離脱基を表わす。R4は水素原子、〈省略〉で表わされるアルキル基またはその他の置換基を表わす。Za、ZbおよびZcはメチン、置換メチン、メチレン、置換メチレン、=N-または-NH-を表わし、Za-Zb結合とZb-Zc結合のうち一方は二重結合であり、他方は単結合である。Za、ZbまたはZcが置換メチンまたは置換メチレンのとき、その置換基は〈省略〉で表わされるアルキル基またはその他の置換基である。カップリング活性位以外の炭素原子上の置換基およびR1のうち、少なくとも一つは〈省略〉で表わされるアルキル基である。また、X、R4または炭素原子上の置換基で二量体以上の多量体を形成してもよい。〕

……多量体とは……ビス体やポリマーカプラーもこの中に含まれる。……。

一般式〔Ⅱ〕で表わされるピラゾロアゾール系マゼンタカプラーのうち、好ましいものは下記一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅴ〕、〔Ⅵ〕または〔Ⅶ〕で表わされる。

〈省略〉

〔Ⅲ〕

〈省略〉

〔Ⅳ〕

〈省略〉

〔Ⅴ〕

〈省略〉

〔Ⅵ〕

〈省略〉

〔Ⅶ〕

……

一般式〔Ⅴ〕および〔Ⅵ〕において、R11およびR12で表わされる置換基のうち少なくとも一つは〈省略〉で表わされるアルキル基である……」

(第6頁第8行~第10頁第8行;当初明細書の浄書が昭和59年11月7日付けの手続補正書により提出され、これをもとに公開公報(特開昭61-65245号公報;なお、請求人が甲第1号証として提出している。)が発行されているので、以下、公開公報の対応する箇所を次のように[ ]書きで併記する;〔本件公開公報第2頁下左欄末行~第3頁下右欄第9行〕)、

「R1は直鎖アルキル基でも分岐アルキル基でも良く、……これらのアルキル基は一つ以上の置換基を有していてもよく、置換基としては、例えばハロゲン原子(例えば、……)、アルコキシ基(例えば、……)、アリール基(例えば、……)、アリールオキシ基(例えば、……)、アミノ基(例えば……)、アニリノ基、アミノ基(例えば、……)、ウレイド基(例えば、……)、スルホンアミド基(例えば、……)、アルキルチオ基(例えば、……)、アリールチオ基(例えば、……)、スルフアモイル基(例えば、……)、カルバモイル基、スルフアモイルアミノ基、アルコキシカルボニル基等挙げられる。」(第10頁第11行~第12頁第5行[本件公開公報第3頁下右欄下から第2行~第4頁上右欄第9行])、

「R2およびR3は水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アリール基、ヘテロ環基、シアノ基アルコキシ基、アリールオキシ基、ヘテロ基オキシ基、アシルオキシ基、カルバモイルオキシ基、シリルオキシ基、スルホニルオキシ基、アシルアミノ基、アニリノ基、ウレイド基、イミド基、スルフアモイルアミノ基、カルバモイルアミノ基、アルキルチオ基、アリールチオ基、ヘテロ環チオ基、アルコキシカルボニルアミノ基、アリールオキシカルボニルアミノ基、スルホンアミド基、カルバモイル基、アシル基、スルフアモイル基、スルホニル基、スルフイニル基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基を表わす。さらに詳しくは、……アルキル基(例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、2、2-ジメチルプロピル基、n-プチル基、t-プチル基、トリフルオロメチル基、トリデシル基、3-(2、4-ジ-t-アミルフエノキシ)プロピル基、アリル基、2-ドデシルオキシエチル基、3-フエノキシプロピル基、2-ヘキシルスルホニルーエチル基、シクロペンチル基、ベンジル基、等)、……」(第12頁第5行~第13頁第6行[同第4頁上右欄第9行~下左欄第11行])、

「一般式〔Ⅴ〕および〔Ⅵ〕において、R11およびR12で表わされる置換基のうち、〈省略〉で表わされるアルキル基以外のものは、好ましくは先に説明したR2およびR3で表わされるものである。」(第17頁第5行~第8行[同第5頁下右欄第3行~第7行])、

「一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅴ〕、〔Ⅵ〕および〔Ⅶ〕において、Xは水素原子、ハロゲン原子(例えば、……)、カルボキシ基、または酸素原子で連結する基(例えば、……フエノキシ基、……)、窒素原子で連結する基(例えば、……アミド基、……)、アリールアゾ基(例えば、……)、イオウ原子で連結する基(例えば、……)、を表わす。」(第17頁第9行~第19頁第20行[同第5頁下右欄第8行~第6頁下左欄第2行])、

「一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅴ〕、〔Ⅵ〕および〔Ⅶ〕で表わされるカプラーのうち、特に好ましいものは一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅵ〕および〔Ⅶ〕で表わされるものであり、最も好ましいものは、特に発色々素の色相および保存性の点で一般式〔Ⅵ〕ぞ表わされるものである。」(第26頁第10行~第15行[同第8頁上左欄第15行~第20行])、

「本発明にかかる代表的なマゼンタカプラー……の具体例を示す……。

(M-1)……

……

(M-13)

〈省略〉

(M-16)

〈省略〉

(M-17)

〈省略〉

……

(M-26)

〈省略〉

……

(M-28)……」(第27頁第10行~第33頁末行[同第8頁上右欄第14行~第12頁末行];なお、(M-1)~(M-28)の全体については別紙1参照)、

が記載され、実施例として、カプラーとして前記例示化合物(M-16)または(M-17)を用いたハロゲン化銀写真感光材料(実施例1および2)、およびカプラーとして前記例示化合物(M-16)または(M-17)を用いたハロゲン化銀カラー写真感光材料(実施例3)が記載され、次の比較カプラー(比較化合物;一般式〔Ⅵ〕の骨格を有するが、〈省略〉で表わされるアルキル基を有さないもの)

〈省略〉

を用いたハロゲン化銀写真感光材料とともに、感度、階調、最高濃度、マゼンタ色素像の光堅牢性等が評価されている(第67頁第1行~第74頁末行[同第21頁上左欄第6行~第24頁上左欄第5行])。

(補正の概要)

そして、本件特許出願については、昭和59年11月7日付け(前記明細書の浄書を提出したもの)、昭和60年5月2日付け、昭和60年6月24日付けおよび昭和60年12月5日付け(以上、出願日から1年3月以内)、平成元年3月2日付け(出願審査の請求と同時)、平成2年2月9日付けおよび平成2年5月16日付け(拒絶理由の通知に対する意見書提出期間内)の補正がされている。

この中で、甲第2号証の頒布日(昭和61年6月7日)より後にされた補正についての要旨変更の有無が、甲第2号証の証拠の採否に影響するので、以下、平成元年3月2日付け、平成2年2月9日付けおよび平成2年5月16日付けの補正について検討する。

平成元年3月2日付けの補正は、明細書を全文訂正するものであり、その補正の概要は、当初明細書と比較して、次のとおりである。

(1-1)特許請求の範囲において、使用するピラゾロアゾール系マゼンタカプラーを表わす式を、次の一般式〔Ⅰ〕

「一般式〔Ⅰ〕

〈省略〉

(但し、〔A〕はピラゾロアゾール系マゼンタカプラー残基を表わす。R1はアルキル基を表わし、R2およびR3は水素原子または置換基を表わすが、R2とR3がともに水素原子であることはない。nは1、2または3を表わす。)」

から、次の一般式〔Ⅴ〕又は〔Ⅵ〕

〈省略〉

〔Ⅴ〕

〈省略〉

〔Ⅵ〕

〔但し、式〔Ⅴ〕中、Xはハロゲン原子であり、R11は置換又は無置換アルキル基であり、R12は置換基を有するアルキル基(但し、置換基として該アルキル基に直接結合したアリール基は除く)であり、式〔Ⅵ〕中、Xはハロゲン原子であり、R11は置換又は無置換アルキル基であり、R12は置換又は無置換アルキル基であり、式〔Ⅴ〕及び〔Ⅵ〕中、R11とR12の少なくとも1つは

〈省略〉

(R1は置換又は無置換アルキル基を表わし、R2及びR3は水素原子又は置換基を表わし、R2及びR3の少なくとも1つは置換基である)で表わされる分岐アルキル基であり、かつ一般式〔Ⅴ〕のマゼンタカプラーからポリマーカプラーは除く。〕」

に補正する。

(1-2)一般式〔Ⅰ〕で表わされるピラゾロアゾール系マゼンタカプラーの説明にひきつづき、該マゼンタカプラーが、詳しくは一般式〔Ⅱ〕で表わされ、そのうち好ましいものは一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅴ〕、〔Ⅵ〕または〔Ⅶ〕で表される旨の記載(当初明細書第6頁第8行~第10頁第8行[本件公開公報第2頁下左欄末行~第3頁下右欄第9行])を、前記補正後の特許請求の範囲の記載に対応する記載(本件公告公報第4欄第23行~第5欄第10行)に補正する。

(1-3)R1が有していてもよい置換基の例を列挙した箇所(第11頁第3行~第12頁第5行[同第4頁上左欄第8行~上右欄第9行])に、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、ヘテロ環基、ヘテロ環オキシ基、アシルオキシ基、カルバモイルオキシ基、シリルオキシ基、スルホニルオキシ基、イミド基、ヘテロ環チオ基、アルコキシカルボニルアミノ基、アリールオキシカルボニルアミノ基、カルボキシル基、アシル基、スルホニル基、スルフイニル基、アリールオキシカルボニル基を追加する(本件公告公報第5欄第25行~第7欄第34行)。

*なお、この点は、昭和60年5月2日付けでした補正の内容を、平成元年3月2日付けの全文訂正明細書に繰り入れたものである。

(1-4)R2およびR3について説明した箇所(第12頁第5行~第17行[同第4頁上右欄第9行~下左欄第2行]等)に、ヒドロキシル基、アミノ基、カルボキシル基を追加する(本件公告公報第7欄第35行~第8欄第4行等)。

*なお、この点は、昭和60年5月2日付けでした補正の内容を、平成元年3月2日付けの全文訂正明細書に繰り入れたものである。

(1-5)一般式〔Ⅴ〕のR11を、〈省略〉で表わされるアルキル基であるか、そうでなければ好ましくは先に説明したR2およびR3で表わされるもの(第17頁第5行~第8行[同第5頁下右欄第3行~第7行])から、R1又はR2およびR3で表わされる置換アルキル基(本件公告公報第10欄第13行~第15行)に補正する。

(1-6)Xを、水素原子、ハロゲン原子、フエノキシ基、アミド基等(第17頁第9行~第19頁末行[同第5頁下右欄第8行~第6頁下左欄第2行])から、ハロゲン原子(本件公告公報第10欄第24行~第26行)に補正する。

(1-7)本発明にかかる代表的なマゼンタカプラーの具体例を列挙した箇所を、(M-1)~(M-28)の28例(第28頁~第33頁[同第8頁下欄~第12頁];別紙1参照)から、(M-16)、(M-17)、(M-26)、(M-29)、(M-30)、(M-32)、(M-33)~(M-57)の31例(本件公告公報第13欄第21行~第30欄第8行;なお、(M-16)~(M-57)の全体については別紙2参照)に補正する。

*なお、(M-29)、(M-30)、(M-32)、(M-33)は、昭和60年6月24日付けでした補正で追加された5つの例のうちの4つであり、(M-34)、(M-35)は、昭和60年5月2日付けでした補正で追加された4つの例のうちの2つであり、これを平成元年3月2日付けの全文訂正明細書に繰り入れたものである。

(1-8)写真乳剤層に用いるハロゲン化銀についての、好ましいハロゲン化銀は15モル%以下、特に好ましくは2モル%から12モル%の沃化銀を含む沃臭化銀である旨の記載(第51頁第1行~第4行[同第17頁上左欄第15行~第18行])を削除する。

(1-9)実施例4~6の追加。カプラーとして前記例示カプラー(M-16)または(M-29)(一般式〔Ⅵ〕に相当)を用いたハロゲン化銀写真感光材料(実施例4)およびカプラーとして前記例示カプラー(M-16)または(M-29)を用いたハロゲン化銀カラー写真感光材料(実施例5および6)。実施例1で使用した比較化合物を用いたハロゲン化銀写真感光材料とともに、光堅牢性、最大発色濃度、色像安定性が評価されている(本件公告公報第49欄第22行~第62欄第1行)。

*昭和60年12月5日付けでした補正の内容を、平成元年3月2日付けの全文訂正明細書に繰り入れたものである。

(1-10)実施例7の追加。カプラーとして前記例示カプラー(M-36)(一般式〔Ⅴ〕に相当)

〈省略〉

を用いたハロゲン化銀写真感光材料。次の比較カプラー(7-A)(カプラー(M-36)のイソプロピル基をメチル基にかえたもので、〈省略〉で表わされるアルキル基をもたないもの)

〈省略〉

を用いたハロゲン化銀写真感光材料とともに、光堅牢性が評価されている(本件公告公報第62欄第2行~第64欄第11行)。

平成2年2月9日付けの補正の概要は次のとおりである。

(2--)実施例8および9の追加。カプラーとして、下記のカプラーA、B、CまたはD(一般式〔Ⅴ〕に相当)

カプラーA

〈省略〉

カプラーB

〈省略〉

カプラーC

〈省略〉

カプラーD

〈省略〉

を用いたハロゲン化銀写真感光材料。次の比較カプラー(C-4)、(C-6)、(C-11)、

(C-12)、(C-17)または(C-25)(いずれも、一般式〔Ⅴ〕の骨格をもち、分岐アルキル基をもっているが、Xがハロゲン原子でないもの)

(C-4)

〈省略〉

(C-6)

〈省略〉

(C-11)

〈省略〉

(C-12)

〈省略〉

(C-17)

〈省略〉

(C-25)

〈省略〉

あるいは比較カプラー(C-2)、(C-16)

(一般式〔Ⅴ〕の骨格をもち、Xがハロゲンであるが、分岐アルキル基をもたないもの)

(C-2)

〈省略〉

(C-16)

〈省略〉

を用いたハロゲン化銀写真感光材料とともに、階調と最大発色濃度が評価されている(本件公告公報第64欄第12行~第70欄第17行)。

平成2年5月16日付けの補正の概要は次のとおりである。

(3--)実施例10および11の追加。カプラーとして(M-13)(イソプロピル基を置換アルキル基に含めるならば、補正後の一般式〔Ⅴ〕に相当)を用いたハロゲン化銀写真感光材料。次の比較カプラー(E)(一般式〔Ⅴ〕の骨格をもち、分岐アルキル基をもつが、Xがハロゲン原子でないもの)、(F)(一般式〔Ⅴ〕の骨格をもつが、分岐アルキル基をもたず、Xもハロゲン原子でないもの)または(G)(一般式〔Ⅴ〕の骨格をもち、Xがハロゲン原子であるが、分岐アルキル基をもたないもの)

〈省略〉

(E)

〈省略〉

(F)

〈省略〉

(G)

を用いたハロゲン化銀写真感光材料とともに、階調と最大発色濃度あるいは光堅牢性が評価されている(本件公告公報第69欄第19行~第74欄第4行)。

(当審の判断)

当初明細書と平成元年3月2日付けの手続補正書により補正された明細書を比較すると、当初明細書には、ピラゾロアゾール系マゼンタカプラーの骨格として一般式〔Ⅴ〕および〔Ⅵ〕もあげられており(第9頁[本件公開公報第3頁下左欄])、またXとしてハロゲン原子もあげられていて(第17頁第10行[同第5頁下右欄第9行])、一見すると、補正後の発明は、当初明細書に記載した事項の範囲内のものであるようにみえる(ただし、前項の(1-3)、(1-4)、(1-5)にみるように、一般式中のR1、R2、R3、R11の内容については、補正がされているので、別途検討が必要である。)。

しかしながら、当初明細書に記載された発明の要旨は、ハロゲン化銀カラー写真感光材料に含有させるピラゾロアゾール系マゼンタカプラーが、カプラー残基に結合した〈省略〉で表わされるアルキル基を有することにあり(特許請求の範囲の一般式〔Ⅰ〕)、当初明細書では、前記カプラーは詳しくは一般式〔Ⅱ〕で表わされ、そのうち好ましいものは一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅴ〕、〔Ⅵ〕または〔Ⅶ〕、特に好ましいものは一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅵ〕および〔Ⅶ〕、最も好ましいものは一般式〔Ⅵ〕とされ(第7頁~第9頁、第26頁[同第2頁下右欄~第3頁下左欄、第8頁上左欄])、また、一般式〔Ⅱ〕のXは水素原子またはカップリング離脱基を表し、一般式〔Ⅲ〕~〔Ⅶ〕について多種多様な基があげられていて(第7頁下から第5行、第17頁第9行~第20頁末行[同第3頁上左欄第3行~第4行、第5頁下右欄第8行~第6頁下左欄第2行])、前記カプラーは、前記〈省略〉で表わされるアルキル基を有するピラゾロアゾール系マゼンタカプラーである点以外、何ら限定されるものではなかった。

実際、一般式〔Ⅰ〕、詳しくは一般式〔Ⅱ〕で表されるカプラーの例が28例、あげられているが(第28頁~第33頁[同第8頁下欄~第12頁];別紙1参照)、そのうちわけは、

一般式〔Ⅲ〕の骨格をもつもの

(M-1)~(M-5)と(M-28)の6例

一般式〔Ⅳ〕の骨格をもつもの

(M-6)~(M-10)の5例

一般式〔Ⅴ〕の骨格をもつもの

(M-11)~(M-15)の5例

一般式〔Ⅵ〕の骨格をもつもの

(M-16)~(M-20)と(M-26)、(M-27)の7例

一般式〔Ⅶ〕の骨格をもつもの

(M-23)~(M-25)の3例

一般式〔Ⅲ〕~〔Ⅶ〕のいずれでもないもの

(M-21)、(M-22)の2例

であり、それぞれについて、X(水素原子でなければカップリング離脱基)が何であるかをみると、

〈省略〉

である(なお、上の表中では、例えば「(M-1)」は「1」で表わした。)。

そして、実施例には、(M-16)と(M-17)、すなわち一般式〔Ⅵ〕の骨格をもちXが塩素原子であるカプラーを使用した例のみが、〈省略〉で表わされるアルキル基をもたないカプラーを使用した例と比較して、記載されていた。

以上のように、当初明細書には、特許請求の範囲に記載された一般式〔Ⅰ〕で表わされるカプラーのうち、一般式〔Ⅵ〕の骨格をもちXが塩素原子であるカプラーが好ましいことは示されているから、一般式〔Ⅵ〕で表わされXがハロゲン原子であるカプラーを使用するハロゲン化銀カラー写真感光材料の発明が示唆されているとしても、他の一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅴ〕、〔Ⅶ〕等で表わされるカプラーについては、化合物の例がそれぞれ数例あげられているだけで、その中にXがハロゲン原子であるものが含まれているとしても、実施例において性能が評価されているわけでもないし、明細書中のXについての記載は多種の置換基から選択できるというものであって(第7頁下から第5行、第17頁第9行~第20頁末行[同第3頁上左欄第3行~第4行、第5頁下右欄第8行~第6頁下左欄第2行])、とくにXにハロゲン原子を選択することを示唆する記載は何もないから、当初明細書には、例示された個々のカプラーを含有するハロゲン化銀カラー写真感光材料の発明が開示されているということはできるとしても、一般式〔Ⅲ〕、〔Ⅳ〕、〔Ⅴ〕または〔Ⅶ〕で表わされXがハロゲン原子であるカプラーを含有するハロゲン化銀カラー写真感光材料の発明が開示されている、ないしは示唆されている、ということはできない。

しかるに、平成元年3月2日付けで補正された明細書に記載された発明では、使用するマゼンタカプラーは、補正後の一般式〔Ⅴ〕または〔Ⅵ〕で表わされるものであり、ここでは、Xはハロゲン原子とされた。

そして、マゼンタカプラーの例を列挙した箇所では、当初明細書に記載されていた28例のうち、(M-16)、(M-17)、(M-26)の3例(いずれも一般式〔Ⅵ〕の骨格をもちXが塩素原子であるもの)を残して25例が削除され、新たに、(M-29)、(M-30)、(M-32)、(M-33)、(M-34)、(M-35)、(M-36)~(M-57)の28例が追加されて、合計31例になった(本件公告公報第13欄~第30欄;別紙2参照)。

そのうちわけは、

一般式〔Ⅴ〕のもの

(M-36)~(M-45)の10例

一般式〔Ⅵ〕のもの

(M-16)、(M-17)、(M-26)、(M-29)、(M-30)、(M-32)、(M-33)、(M-34)(M-35)、(M-46)~(M-57)の21例

であり(なお、(M-16)、(M-17)、(M-26)は当初明細書に記載されていたもの、(M-29)、(M-30)、(M-32)、(M-33)は昭和60年6月24日付けの補正で、(M-34)、(M-35)は昭和60年5月28日付けの補正で、それぞれ追加されたものを、この補正に繰り入れたものである。)、それぞれについて、Xが何であるかをみると、

〈省略〉

である(なお、上の表中では、例えば「(M-36)」は「36」で表わした。)。

そして、実施例として、(M-16)または(M-29)を用いた実施例4~6、および(M-36)を用いた実施例7が追加されている(なお、実施例4~6は、昭和60年12月5日付けの補正で追加されたものをこの補正に繰り入れたものである。)。

すなわち、平成元年3月2日付けで補正された明細書に記載された発明は、当初明細書に、広い範囲で記載されていた発明の中から、「一般式〔Ⅴ〕」、「Xがハロゲン」という特定の構成要件を選択し、組み合わせて、新たな発明を構成したものを含むものであり、当初明細書に具体的に記載されていなかったカプラーの例を28例追加し、当初明細書に具体的に記載されていなかったカプラーを用いた実施例を追加したものである。

そして、このような事項は、当初明細書に記載がなく、当初明細書の記載からみて自明な事項でもないから、平成元年3月2日付けの補正は、明細書の要旨を変更するものである。

次に、平成2年2月9日付けの補正は、実施例8および9を追加するものであるが(これは、当初明細書に記載のないカプラーA、B、C、Dを用いた実施例である。)、ここでは、

〈省略〉で表わされるアルキル基をもつがXがハロゲン原子でないもの((C-4)等)が比較用カプラーとして扱われ、当初明細書に記載された発明においては発明の実施例になりうるものが、比較例とされている。これは、平成元年3月2日付けで補正された明細書の特許請求の範囲に記載された発明の裏付けをなすものである。

そして、このような事項は、当初明細書に記載がなく、当初明細書の記載からみて自明な事項でもないから、平成2年2月9日付けの補正は、明細書の要旨を変更するものである。

また、平成2年5月16日付けの補正は、実施例10および11を追加するものであるが、これは、当初明細書に具体的に記載されていたカプラー(M-13)を用いた実施例ではあるが(当初明細書にはこの実施例の記載はない。)、比較用カプラー〈省略〉で表わされるアルキル基をもつがXがハロゲン原子でないもの(カプラー(E))が用いられていて、ここでは、当初明細書に記載された発明においては発明の実施例になりうるものが、比較例とされている。これは、平成元年3月2日付けで補正された明細書の特許請求の範囲に記載された発明の裏付けをなすものである。

そして、このような事項は、当初明細書に記載がなく、当初明細書の記載からみて自明な事項でもないから、平成2年5月16日付けの補正は、明細書の要旨を変更するものである。

以上、平成元年3月2日付け、平成2年2月9日付け、平成2年5月16日付けの補正のいずれもが、当初明細書の要旨を変更するものと認められる。

したがって、本件特許の出願日は特許法第40条の規定により平成2年5月16日であるとみなすべきものである。

ところが、請求人が提出した甲第2号証には、「支持体上に少くとも一層のハロゲン化銀乳剤層を有するハロゲン化銀カラー写真感光材料において、前記ハロゲン化銀乳剤層中に下記一般式で示されるマゼンタカプラーの少くとも一つが含有されていることを特徴とするハロゲン化銀カラー写真感光材料。

〈省略〉

〔式中、R1は3級アルキル基、R2はアルキルチオ、アルキルスルホニル等の置換基で置換されてもよい1級アルキル基を表わし、Xはハロゲンを表わす。〕」が記載されており、上記マゼンタカプラーは、本件発明で用いる一般式〔Ⅴ〕のカプラーと同一の骨格を有し、その7-位の置換基Xがハロゲン、6-位の置換基R1が3級アルキル基、3-位の置換基R2がアルキルチオ、アルキルスルホニル等の置換基で置換されてもよい1級アルキル基である。一方、本件発明で用いる一般式〔Ⅴ〕のカプラーは、その7-位の置換基Xがハロゲン原子、その6-位の置換基R11は置換又は無置換アルキル基であり、3-位の置換基R12は置換基を有するアルキル基(但し、置換基として該アルキル基に直接結合したアリール基は除く)であり、R11とR12の少なくとも1つは〈省略〉で表わされる分岐アルキル基であるというものであるから、本件発明は、甲第2号証に記載された発明である。

(むすび)

以上のとおりであるので、本件発明は、甲第2号証に記載された発明であると認められるから、本件特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第1号に該当する。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年7月9日

審判長 特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

別紙1(当初明細書第28頁~第33頁)

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

トフエノンおよびスルホスチレン)、イタコン酸、シトラコン酸、クロトン酸、ビニリデンクロライド、ビニルアルキルーテル(例えばビニルエチルエーテル)、マレイン酸、無水マレイン酸、マレイン酸エステル、N-ビニルー2-ビロリドン、N-ビニルビリジン、および2-および4-ビニルビリジン等がある。ここで使用する非発色性エチレン様不飽和単量体は2種以上を一緒に使用することもできる.例えばn-ブチルアクリレートとメチルアクリレート、スチレンとメタクリル酸、メタクリル酸とアクリルアミド、メチルアクリレートとジアセトンアクリルアミド等である。

ポリマーカラーカプラー分野で周知の如く、固体水不溶性単量体カプラーと共重合させるための非発色性エチレン様不飽和単量体は形成される共重合体の物理的性質および/または化学的性質例えば溶解度、写真コロイド組成物の結合剤例えばゼラチンとの相溶性、その可撓性、熱安定性等が好影響を受けるように選択することができる.

本発明に用いられるポリマーカプラーは水可溶性のものでも、水不溶性のものでもよいが、その中でも特にポリマーカプラーラテツクスが好ましい.

一般式〔Ⅴ〕および〔Ⅵ〕で表わされるカプラーのうち、特に好ましいものは発色々素の色相および保存性の点で一般式〔Ⅵ〕で表わされるものである.

一般式〔Ⅴ〕および〔Ⅵ〕で表わされるカプラーの化合物例や合成法等は、以下に示す文献等に記載されている.

一般式〔Ⅴ〕で表わされるカプラーについては米国特許第3705896号、同3725067号等に、一般式〔Ⅵ〕で表わされるカプラーについては欧州特許第119860号等にそれぞれ記載されている.

本発明にかかる代表約なマゼンタカプラーおよびこれらのエチレン性不飽和型の単量体の具体例を示すが、これらによつて限定されるものではない.

(M-16)

〈省略〉

(M-17)

〈省略〉

(M-26)

〈省略〉

(M-29)

〈省略〉

(M-30)

〈省略〉

(M-32)

〈省略〉

(M-33)

〈省略〉

(M-34)

〈省略〉

(M-35)

〈省略〉

(M-36)

〈省略〉

(M-37)

〈省略〉

(M-38)

〈省略〉

(M-39)

〈省略〉

(M-40)

〈省略〉

(M-41)

〈省略〉

(M-42)

〈省略〉

(M-43)

〈省略〉

(M-44)

〈省略〉

(M-45)

〈省略〉

(M-46)

〈省略〉

(M-47)

〈省略〉

(M-48)

〈省略〉

(M-49)

〈省略〉

(M-50)

〈省略〉

(M-51)

〈省略〉

(M-52)

〈省略〉

(M-53)

〈省略〉

(M-54)

〈省略〉

(M-55)

〈省略〉

(M-56)

〈省略〉

(M-57)

〈省略〉

〈省略〉

*(1) 4-メチル-3-オキソベンタノニトリル(A)の合成

テトラヒドロフラン800mlを窒素気流下に室温で攪拌し、これに水素化ナトリウム(オイルに分散したもの。合率60%)を加えた.この液を蒸気浴上で加熱して流状態とし、これに2-メチルブロビオン酸メチル102gとアセトニトリル45.2gの混合物を2時間で滴下し、さらに6時間流を続けた。冷却後、エタノール50mlを加えて攪拌ののち、減圧下に溶媒を留去した.残渣を水1lに溶解し、300mlのへキサンで2回洗浄した.水層に濃硫酸約80mlを加えて弱酸性にしたのち、エーテルで抽出(300ml×3)した.エーテル溶液を無水硫酸マグネシウム上で乾燥したのち、エーテルを留去し、残った淡黄色の油状物を減圧留去(132.5-134.5℃/48mmHg)して、47.9g(43%)の4-メチル-3-オキソベンタノニトリル(A)を得た。

核気共鳴スベクル(CDCL2)

δ(ppm)3.58(2H、S)、2.80(1H、M)、1.17(6H、d、J=6.9Hz)

(2) 5-アミノ-3-(1-メチルエチル)ピラゾール(B)の合成

〈省略〉

4-メチル-3-オキソベンタノニトリル(A)をエタノール140mlに溶解し、室温で攪拌した.これに、抱水ヒドラジン15.7gを加え、室温で1時間撹拌したのち、5時間加熱流した.減圧下に溶媒を留去したのち、減圧蒸留(133-153℃/0.06mmHg)して33.3g(87%)の5-アミノ-3-(1-メチルエチル)ピラゾール(B)を得た。

核気共鳴スベクトル(CDCL3)

δ(ppm)6.03(3H、Br)、5.34(1H、S)、2.83(1H、m)、1.17(6H、d、J=6.9Hz)

(3) 6-(1-メチルエチル)-2-(3-(4-ニトロフエニル)プロピル)ピラゾロ〔1、5-b〕〔1、2、4〕トリアゾール(C)の合成

5-アミノ-3-(1-メチルエチル)ピラゾール12.5gをメタノール40mlに溶解し、4-(p

特許公報

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

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